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弁護士法人 杜協同 阿部・佐藤法律事務所は、企業法務・行政・医療・倒産事件を専門とする弁護士法人です。

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法律問題Q&A>純二先生の時事刑法NEWS&FAQ

1.医療事件と刑事訴追


  • Aさん  病院に勤めている医師のAといいます。新聞で、福島県立大野病院の事件が大きく報道され、同じ医師として人ごとでないので、今日は医療事故がどういう場合に刑事事件になるのかを教えてもらいに来ました。まずどんな事件だったのでしょうか。
  • 弁護士  平成16年12月17日に同病院で、29歳の妊婦が前置胎盤のため帝王切開により出産しました。その際、胎盤が子宮に癒着していたので、執刀医は剥離を試みたところ、大量出血を起こし子宮摘出を行いましたが、結局、母体死亡に至ったというものです。
  • Aさん  事件から裁判までだいぶ間があったようですね。
  • 弁護士  警察は、平成17年年4月から捜査を始め、9月頃事情聴取を終わっていますが、今年の2月18日になって執刀医のK医師を逮捕、勾留しました。K医師は3月10日、業務上過失致死、医師法違反で起訴され、現在福島地方裁判所で審理中です。
  • Aさん  医療事故は、だいたい民事の損害賠償事件として解決され、刑事で罰を受けることはないと思っていたのですが、違うのでしょうか。
  • 弁護士  少し大げさな言い方ですが、日本法は近代法の原則にしたがい、民事責任と刑事責任を分けています。したがって、この二つは別物ですので、(1)民事責任はあるが刑事責任はない(大多数の医療事件)、(2)刑事責任はあるが民事責任はない(上の医師法違反など、具体的にはあとでふれます)、(3)民事責任も刑事責任もある、という三つの場合が考えられます。少なくとも検察側は、本件を(3)の場合として起訴したことになります。
  • Aさん  罪名の一つ、業務上過失致死とはどういうものでしょうか。
  • 弁護士  業務上必要な注意を怠って、人を死傷させることです(本件は死亡)。刑は、5年以下の懲役・禁固または50万円以下の罰金となっています(刑法211条1項)。たいへん包括的な規定ですので、自動車事故も食品事故も医療事故もすべて含まれます。
         本件の起訴状は見ていませんが、胎盤剥離によって出血死を招いたことについて医師の注意義務違反を問うものでしょう。これに対し医師側は、胎盤癒着は切開前には予見し得ない事情であったと主張するものと思われます。この点については、日本医師会の声明にあるとおり、日本産婦人科学会など専門団体の見解を参考にした上で、公正な司法判断がなされることが期待されます。
  • Aさん  もう一つの医師法違反とは何でしょうか。
  • 弁護士  医師法21条は、「医師は、死体・・・・を検案して異常があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定し、その違反に罰金を科しています(33条)。本件では、K医師の措置の結果患者が死亡しているのに、K医師が警察に届け出なかったことが医師法違反に問われたものです。
  • Aさん  しかし、死体を「検案」するとは、普通、親が虐待で子どもを死なせたり、自殺者があった場合など(医師ではない)第三者が死亡の原因になっている死体を検査することをいうのではないでしょうか。
  • 弁護士  そうですね。その点が争われた都立広尾病院事件で、最高裁は、医師法21条の死体の「検案」とは、「医師が死因等を判定するために死体の外表を検査すること」をいい、その死体が「自己の診察していた患者のものであるか否かを問わない」と判示しました(最高裁平成16年4月13日判決)。この判決からみると、K医師は届出義務違反ということになりそうです。
  • Aさん  しかし、みすみす自分が刑事責任(業務上過失致死)を問われるかもしれない事柄について届出義務があるというのは、納得が行きませんね。
  • 弁護士  広尾病院事件でも、そこが問題になりました。誰でも知っているように、憲法はいわゆる黙秘権を保障しています(38条1項)。これは、拷問や自白の強要がないように、被疑者・被告人に認められた基本的人権です。届出義務を課することは、間接的に自白を強要することになり、憲法38条1項に反するのではないかという訳です。
  • Aさん  たしか同じようなことが、交通事故でも問題になったのではないですか。
  • 弁護士  そうです。道路交通法に定められた、交通事故があった場合の報告義務(現在は72条1項後段)について、やはり憲法38条1項違反が問題になりました。最高裁は、この規定は、交通事故が発生した場合において、車の操縦者などに応急措置を命じる、交通の安全上必要かつ合理的な規定であり、報告すべき「事故の内容」にも刑事責任を問われる虞のある事故の原因などの事項は含まれていないとして、合憲としました。(最高裁昭和37年5月2日判決)。
  • Aさん  広尾病院事件ではどうだったのですか。
  • 弁護士  最高裁は、だいたい上の37年判決などと似た立場にたち、この届出義務は、それによって犯罪捜査の端緒を得るなど公益上の必要性の高い行政手続き上の義務であり、他方、これにより、届出人と死体との関わりなど犯罪行為を構成する事項の供述まで強制されるものではない、として憲法38条1項違反をみとめませんでした。
  • Aさん  今日はいろいろ教えていただいて、ありがとうございました。


2.飲酒運転とひき逃げ

  • Aさん  この8月、9月は、飲酒運転による事故のニュースがない日はないといった状態でした。私は、学生ですが、車に乗っていますので、飲酒運転に関する法律を正しく知りたいと思って今日うかがいました。
  • 弁護士  それはいい心がけですね。まず、酒酔い運転と酒気帯び運転の区別は知ってるでしょう。酒酔い運転というのは、アルコールの影響で正常な運転ができないおそれのある状態で運転することで、酒気帯び運転は、身体に政令で定める程度(血液1ミリリットルにつき0.3ミリグラム、又は呼気1リットルにつき0.15ミリグラム)以上のアルコールを保有した状態で運転することをいいます。
  • Aさん  酒酔い運転の方が刑が重いのですか。
  • 弁護士  そうです。どちらも道路交通法上の罪ですが、酒酔い運転は事故につながる可能性が大きいので刑が重く(3年以下の懲役又は50万円以下の罰金)、酒気帯び運転の方は1年以下の懲役又は30万円以下の罰金と軽くなっています。
  • Aさん  呼気0.15ミリグラムというのは、かなりきびしい基準ではないでしょうか。
  • 弁護士  諸外国はもっとこの数値が高いようですが、日本人は酒に弱い(アルコールの影響を受けやすい)とされているので、やむを得ないところでしょう。
  • Aさん  それで事故をおこせばどうなりますか。
  • 弁護士  ここで事故というのは人身事故のことですが、刑法の業務上過失致死傷罪(以下、業過罪という)が適用されます。これは、業務上必要な注意を怠って、人を死傷させることですが、酒に酔っていれば、まず間違いなくこうした注意義務を怠ったものと認定されます。刑は、5年以下の懲役・禁固又は50万円以下の罰金です(5月の改正で罰金の最高額は100万円まで引き上げられました)。
  • Aさん  このごろ危険運転致死傷という言葉もよく聞くのですが。
  • 弁護士  業過罪はあくまで過失犯ですが、飲酒運転による事故のなかには、もはや単なる過失犯とはいえないような悪質なものもあるのではないか(暴走行為とか危険な幅寄せなどから生じた事故についても、同じです)ということから、平成13年に新設されたのが危険運転致死傷罪です。これは、危険運転をしているという認識さえあれば、死傷の結果については認識がなくともよいという、いわゆる結果的加重犯の形式を取っています。
    刑も業過罪よりぐんと重く、負傷させた場合が15年以下の懲役、死亡させた場合は1年以上(最高20年まで)の懲役となっています。
  • Aさん  仙台近辺でも適用された例がありますか。
  • 弁護士  昨年、多賀城で明け方まで酒を飲んで帰り道、育英高の生徒の列に車を突っ込ませて、3人が死亡、15人が重軽傷を負った事件で、仙台地裁は運転者に懲役20年の判決を下しました。
  • Aさん  最近は取り締まりが厳しくなって、同乗者や酒を飲ませた飲食店の方も責任を問われると新聞でみましたが。
  • 弁護士  いわゆる飲酒運転幇助のことですね。確かに道路交通法には、運転者に対して、酒類を提供したり、飲酒をすすめることを禁止する規定はありますが(65条2項)、これには罰則がありません。ただ刑法には一般的な幇助の規定があり(62条)、これは単に正犯を幇助する(助ける、援助する)ことですから、正犯が酒酔い運転であっても酒気帯び運転であっても危険運転であっても、幇助は考えられます。なお、宮城県議会では、こうした行為への罰則を盛り込んだ全国初の交通安全条例を制定する予定と聞いていますが、まだ内容は明らかではありません。
  • Aさん  次にひき逃げについてうかがいます。
  • 弁護士  ひき逃げはもちろん飲酒運転以外でもあるわけですが、飲酒運転による事故は重い責任を問われるので、それをおそれて逃げるケースが多いといわれています。8月に起こった福岡の追突事故(飲酒運転で、自車をRV車に追突、一家5人を海中に転落させ、幼児3名を死亡させる)もひき逃げのケースでした。
  • Aさん  ひき逃げのどこが犯罪となるのですか。
  • 弁護士  道交法によると、事故を起こしたとき運転者などは、
       (1) 負傷者を救護し、危険防止のため必要な措置を講ずること、
       (2) 警察官に事故の内容などを報告することという二つの義務を負います(72条1項)。
     この(1)の義務を怠って、そのまま立ち去ることを、通常ひき逃げといっています。刑は、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金です(117条)。
     このほかひき逃げは、刑法の保護責任者遺棄罪や(殺意があれば)殺人罪に問われる可能性がありますが、これはきわめて悪質なケースで、判例でも認められた例は僅かです。
  • Aさん  ありがとうございました。これから運転者は、よほど自覚して運転する必要がありますね。

       * 公務員による飲酒事故については、佐藤裕一先生のQ&A「飲酒運転の代償」をご参照ください。


3.談合と入札妨害

  • Aさん  私は地方公務員ですが、近く移動で入札・契約関係の部署に配属される予定ですので、今日は談合関係の法律を教えて頂きたいと思って伺いました。
  • 弁護士  確かに事件が続発していますね。福島県と和歌山県では知事が逮捕され、宮崎県では出納長が逮捕されました(知事にも疑惑が迫っています)。しかしこれは今に始まったことではありません。ここ宮城県でも10数年前、市長と知事が相次いで逮捕されるという芳しからぬ出来事がありました。
  • Aさん  役所が工事を発注したり、物品を買い入れるときは、どんな方法でするのですか。
  • 弁護士  会計法という法律で、公共調達(公共工事と物品調達)の方法としては、一般競争入札、指名競争入札、随意契約という三つが指定されています。
      一般競争入札は、不特定多数の業者が入札に参加できるので、もっとも透明性、競争性が強く、談合が行われにくいのですが、他面、事務量が大きくなること、資本力のある大企業でないと落札できなくなること、価格競争によって必ずしも品質が保証されないことなどの難点があり、国でも自治体でも○億円以上の工事といった一定の制約を設けて一般競争入札を導入しているのが現状です。
  • Aさん  指名競争入札というのは。
  • 弁護士  これは、官の側が一定の基準によって指名した少数の者(10〜20名ぐらい)に入札させる事で、この基準としては地域性(業者の本拠が工事地域にあるか)、前年の実績(前年受注した業者ははずす)、過去工事の成績などが重視されるようです。ついでに随意契約ですが、これは発注者と相手方が対等の当事者として交渉し契約を結ぶことで、たとえば、美術館に飾る絵画などはこの方法で購入するほかないでしょう。
  • Aさん  それでは談合とは何でしょうか。また談合のどの点が罪になるのでしょうか。
  • 弁護士  談合については、大審院の判例で「公の競売・入札において、競売人・入札者が互いに通謀して、ある特定の者を契約者とするために、他の者は一定の価格以下または以上に付け値・入札をしないことを協定すること」と定義されています。公共工事の場合、談合があると官の側が予定した価格より一般に高い価格で落札されますから、その分官が損をします。その点から、談合を詐欺罪の一種とする外国の立法例もありますが、我が国では、昭和16年の刑法改正のさい、「公の競売・入札」を妨害するという点に着目して公務執行妨害罪の一種として規定されました(刑法96条の3)。
  • Aさん  独占禁止法にも談合を処罰する規定があるそうですが。
  • 弁護士  そうですね。独禁法では、「私的独占又は不当な取引制限」を禁止し(3条)、その違反を罰していますが(89条1項)、談合はこの「不当な取引制限」に当たると考えられます(2条6項参照)。独禁法は、民間の工事にも適用されますし、刑も談合罪より重いことが注目されます。
  • Aさん  官製談合という言葉もよく聞きますが。
  • 弁護士  これは、発注者の側がある特定の業者に落札させるため、その意向を直接、間接に業者側に伝え(いわゆる天の声)、これに応じて業者側が談合することです。この場合、業者は談合罪(96条の3第2項)になりますが、公務員側は入札妨害罪(96条の3第1項)を問われることが多いと思います。また、そのお礼として金品を受け取れば収賄罪になるのは当然です。
      こうした行為を防止する目的で、平成14年には「入札談合等関与行為の排除及び防止に関する法律」ができ、さらにその強化を目指す改正案が今国会に提出されています。
  • Aさん  それから落札率という言葉もよく聞くのですが。
  • 弁護士  発注者側はこれより高くては困るという価格を積算して決めておきます。これを予定価格といいます。落札率とは、予定価格に対する実際の落札価格の割合です。これが高いほど(96%といった)、予定価格が漏れたか談合が行われた形跡があるといわれています。
  • Aさん  これだけ騒がれながら、談合が減らないのはどうしてでしょうかね。
  • 弁護士  まったく納税者である国民にとっては我慢のならない話ですが、通常の談合の場合は、一人が突出して受注しないよう業者間で調整をし共存共栄を図っているため、官製談合の場合は、これまでは権力者が入札を操作してその見返りに私腹を肥やすためといったことが言われてきましたが、最近では選挙で支援を受けたそのお礼として、特定業者に恩恵を与えることが多いと指摘されています。
  • Aさん  今日はどうもありがとうございました。


4.性犯罪者の処遇

  • Aさん  奈良女児殺害事件のK被告が死刑になったそうですね。私も子を持つ親として無関心ではいられません。
  • 弁護士  K被告は一審で死刑の判決を受け、いったん控訴しましたが、控訴をとりさげたので、一審判決が確定しました。
  • Aさん  K死刑囚は、性犯罪の前歴があったそうです。こうした情報が警察なり地域なりに伝えられていれば、犯罪を未然に防ぐことができたのではないでしょうか。
  • 弁護士  そうですね。その点はあとでお話するとして、まず最近の性犯罪の状況ですが、強姦は、平成元年以降1,500件前後で推移してきたところ、9年より増加に転じて、15年にピークを迎え2,472件(内13才未満の被害者93件)、17年では2,076件(13才未満72件)となっています。強制わいせつは、平成元年で2,759件、11年以降急増して15年で10,092件(13才未満2087件)、17年では8751件(13才未満1384件)です。抵抗力の弱い年少者を狙う犯罪が増えているのが、気がかりです。
  • Aさん  性犯罪は習癖性があり、再犯の可能性が高いといわれています。性犯罪者の前歴情報を公開することが出来ないものでしょうか。アメリカでは法律ができたそうですが。
  • 弁護士  よくご存じですね。1994年7月、7才の少女メーガン(Megan Kanka)ちゃんが強姦、殺害されました。捜査の結果、犯人は前に同種の犯罪で2度有罪判決をうけた人物であることがわかり、世論は沸き立ちました。そこで、ニュー・ジャージー州議会は、10月に性犯罪者の告知に関する法律を可決しました。いわゆるメーガン法です。これは、必要性のレベルに応じて次第に公開の範囲を広げるというものですが、もっとも高いレベル3では、地域住民に直接告知することになっています。メーガン法は、その後修正のうえ連邦法となっています。
  • Aさん  日本ではどうなのでしょうか。
  • 弁護士  奈良の事件のあと、広島県や栃木県でも女児殺害事件が続いたことから、警察庁は急遽、子どもを対象とする犯罪の再犯防止措置をまとめ平成17年6月1日から施行しました。それによると、13才未満の者に対し性犯罪を犯した者が刑事施設から出所するときは、警察は法務省から情報の提供を受け、当人が帰住先に定住しているかどうかを定期的に確認するというものです。
  • Aさん  どうもそれだけでは再犯防止策として十分でない気がしますね。
  • 弁護士  これは再犯防止と直接の関係はありませんが、平成16年の刑法改正で、強制わいせつ罪(176条)、強姦罪(177条)などの刑が引き上げられました。
  • Aさん  刑事施設での教育は特別のことをしているんでしょうか。
  • 弁護士  これまでは性犯罪の受刑者に対し特別のことはしてこなかったというのが、正直なところです。一連の事件を受けて、法務省は平成18年3月「性犯罪者処遇プログラム」を策定し、5月から開始しました。これは、一定の要件を満たす性犯罪受刑者に、3か月から8か月程度特別のプログラムを受講させ、性格や行動様式の改善を図るというものです。保護観察所でもこれに準じたプログラムが行われます。
  • Aさん  こうした取り組みが段々とでも効果を上げるよう祈りたい気持ちです。

      * 「犯罪と非行」No.149(2006年9月)を参照しました。
                                            −2007年1月執筆−

5.外国人の犯罪

  • Aさん  新聞などで見ると、ずいぶん外国人の犯罪が多いですね。一体どのくらいの数なのでしょうか。
  • 弁護士  外国人といっても、観光などの目的で短期滞在する人と定住、留学などで長く居る人の2種類がありますが、平成17年度の統計によると、一般刑法犯では、両方あわせて検挙件数で4万3,622件、検挙人員で1万4,786人でした(ほかに特別法犯―入国管理法違反と薬物犯罪が主要なものーがありますが、以下では省略します)。この数字は、検挙人員で言うと全体(38万6,955人)の3.8%にあたります。
  • Aさん  どんな犯罪が多いのですか。国別ではどうでしょうか。
  • 弁護士  罪名では、窃盗が圧倒的に多く、あと傷害、強盗などです。国別では、アジアの中国、韓国、フィリッピンなどが多く、あと南アメリカでブラジルが目立ちます。90年の入管法改正で、日系人の在留資格が緩和され、大勢の日系人が日本に働きにやってきたことが背景にあるようです。
  • Aさん  外国人が犯罪を犯した場合、日本人とまったく同じに扱われるのですか。
  • 弁護士  そうですね。問題をふたつに分けた方が理解しやすいでしょう。一つは、外国人が日本で犯罪を犯したとき、日本の刑法が適用されるかという問題で、二つ目は、日本の刑法の適用がある外国人に対し日本で裁判ができるか、できない場合にはどうするかという問題です。
  • 弁護士  第1の問題は簡単です。日本国内で行われた犯罪(一般刑法犯でも特別法犯でも同じ)は、犯人が、日本人であっても外国人であっても無国籍者でも、日本刑法が適用されます(刑法1条)。これを属地主義といいます。
  • Aさん  同じ行為が、犯人の国籍のある国で処罰されていなかったり、日本より軽く処罰されている場合はどうなりますか。
  • 弁護士  薬物犯罪や売春防止法違反では、そういうことがありそうですね。それでも日本刑法を適用するというのが属地主義の原則です。それだといかにも日本国の主権を押し通すような印象を与えますが、逆の場合もあります。たとえば、日本人が外国で罪を犯したとして逮捕されたが、その行為は日本では処罰されていないといった場合でも、外国刑法の適用を受け、刑に服せざるを得ないことがあるのです。
  • Aさん  第2の問題というのは、結局、外国人に対する裁判権のことですね。
  • 弁護士  そうです。ここでも属地主義が原則ですから、その外国人が日本にいる限り、裁判することに何の問題もありません。たとえば、東電OL殺害事件の容疑者としてネパール人が裁判を受けたように。
  • Aさん  それでは犯人が日本国外に逃亡したときはどうなるのですか。
  • 弁護士  日本の裁判権は外国には及ばないので、当然そのままでは犯人を捕まえることも裁判することもできません。こういう不都合は国同士お互い様ですから、国際的な司法協力の一環として、従来から犯罪人引渡しという制度があります。我が国も逃亡犯罪人引渡法という法律で、外国から引渡し請求があったとき、これに応ずるかどうかのルールを定めています。このルールの一つに自国民不引渡しの原則があります(同法第2条第9号)。
         フジモリ元大統領が日本に滞在中、ペルー政府から何度か引渡しの請求があったのですが、日本政府が応じなかったのはこれを根拠にしたといわれています(フジモリ氏はペルーと日本の二重国籍者)。
  • Aさん  今のお話は、外国から日本に請求があった場合のことですね。日本から外国に請求する場合はどうなんですか。
  • 弁護士  実は、逃亡犯罪人引渡法は外国から日本に請求があった場合のことしか定めていないのです。日本から外国に請求する場合に引き渡すかどうかを決めるのは相手国の法律です。その法律が自国民不引渡しの原則を含んでいますと、日本から逃げ帰った外国人の引渡しを受けるのは、現実には困難になります。
  • Aさん  ふーん。では、どうすればよいのですか。
  • 弁護士  ひとつの方法は、相手国とあらかじめ条約を結んでおくことです。日本はアメリカ(1978)及び韓国(2002)と犯罪人引渡しに関する条約を締結しました。これらの条約では、(もちろん相互的にですが)被請求国の裁量によって自国民の引渡しも認められることになっています。
  • Aさん  アメリカと韓国だけですか。条約のない国との間ではどうなるんでしょう。
  • 弁護士  国外に逃亡した外国人容疑者の数は、05年末で600人を超えます。比較的多いのは中国人とブラジル人ですが、わが国はまだこの両国と条約を結んでいません。その上ブラジルは、憲法で自国民引渡しを禁止しているとのことですので、近い将来条約締結の見込みはありません。そこで、最近脚光を浴びているのがいわゆる代理処罰です。
  • Aさん  代理処罰とは何ですか。
  • 弁護士  多くの国の刑法は国外犯処罰規定をもっています。これは、一定の重い罪については、自国民が外国で犯した場合にも、自国刑法を適用するというもので(日本刑法では第3条)、属人主義と呼ばれます。そこで、たとえば日本から逃げ帰った犯人をブラジル刑法の国外犯としてブラジル側で処罰してもらう。そのため日本は捜査資料などを提供する、というのが代理処罰です。
  • Aさん  そういえば、福岡の一家4人殺害事件(02年)の犯人も中国で裁判を受けたそうですが。
  • 弁護士  その通りです。事件後、容疑者2名は中国に帰国していました。中国は日本の引渡し請求には応じませんでしたが、自国刑法の国外犯処罰規定を用いて裁判し、2名を有罪としました。
  • Aさん  ブラジルとの間ではどうなっていますか。
  • 弁護士  05年の浜松・レストラン店主強盗殺人事件のアルバレンガ・U・J・ハジメ容疑者について、ブラジルでの裁判がはじまったと報道されています。
         ただ代理処罰は、国によって刑法や訴訟法が違うので、必ずしも日本で裁判をした場合と同じ結果になるとは限らないことに注意する必要がありますね。

         * 2007年1月9日付け朝日新聞の記事を参照しました。
                                            ー2007年執筆ー

6.被害者の保護

  • Aさん  このごろ被害者の保護という言葉をよく聞くのですが、これは何を意味しているのでしょうか。
  • 弁護士  これは、日本の刑事司法にとって、裁判員制度と並ぶ大きな問題です。これまでの制度は、端的にいえば、国が犯人を処罰するための制度で、被害者のことは視野に入っていなかった。被害者が関心を持つのは、せいぜい示談や損害賠償のことで、それらは民事の手続きで処理すれば足りると考えられていたのです。
  • Aさん  いや被害者が関心のあるのは被害回復だけではないでしょう。被害者は、参考人として警察などで取り調べをうけますし、証人として裁判所に呼ばれることもあります。また、例えば親や子を殺された遺族が(犯人に対する)裁判の行方に重大な関心を寄せるのは無理もないと思いますね。
  • 弁護士  その通りです。わが国の被害者保護は、まず昭和55年犯罪被害者等に対し給付金を支払う制度ができたことから始まりました。これは、故意の生命・身体を害する罪により死亡、重傷病、障害を受けた被害者等に対し、国が給付金を支払うもので、申請は住所地の都道府県公安委員会にすることになっています(平成16年の改正で、いっそう拡充されました)。その後は刑事訴訟法の改正などが続きますが、平成16年には「総合法律支援法」と「犯罪被害者等基本法」というふたつの法律が成立し、被害者が被害の回復など援助に関する制度を十分利用できるようにすること、及び被害者の刑事手続への参加や捜査、公判の過程における保護を推進することが国の施策として承認されました。
  • Aさん  あとの点ですが、具体的にはどんな制度ができたのですか。
  • 弁護士  そうですね。捜査、公訴、公判の3段階に分けてお話しましょう。まず、捜査段階ですが、少し前から、警察は「被害者連絡制度」で、被疑者の逮捕、処分状況などの情報を通知しています。また、平成12年の刑事訴訟法改正で、強姦罪等の告訴期間が撤廃されました。
  • Aさん  これはどういう意味があるのでしょうか。
  • 弁護士  いわゆる親告罪(被害者等の告訴がないと検察官が起訴出来ない種類の犯罪)は告訴の期間が6ヶ月と制限されています。しかし強姦罪などでは、精神的被害が大きく、告訴を決断するまで長期間が必要であるという観点から、6ヶ月の制限を撤廃したものです。
  • Aさん  次は公訴の段階ですか。
  • 弁護士  検察庁も、被害者に対し事件処理の情報提供を行います。そのほか検察官が被疑者を不起訴処分にしたとき不服を申し立てる制度(検察審査会)が前からあったわけですが、平成12年の改正で、被害者だけではなく遺族(配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹)まで申立権が認められました。
  • Aさん  一番大きな改正があったのは公判段階と聞いていますが。
  • 弁護士  そうです。三つの柱がありますが、一つ目は証人(被害者に限らない)保護対策です。証人が圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれのある場合には、(1)ビデオの送受信などの方法で、証人を法廷等以外の場所で尋問すること(いわゆるビデオリンク方式)ができ、また(2)法廷等においても、衝立を置く等の遮蔽措置をとることができるようになりました。そのほか(3)証人が著しく不安や緊張を覚えるおそれのある場合には、付添人を付けることもできます。
  • Aさん  二つ目、三つ目は何でしょうか。
  • 弁護士  二つ目は、公判手続への被害者の関与です。被害者等は公判の傍聴につき配慮を受け、また正当な理由がある場合には、訴訟記録の閲覧、謄写が許されます。さらに、被害者は、申し出によって被告事件に対する意見を陳述することができるようになりました。
         三つ目は、被害者の損害回復に関して、民事上の和解を記載した公判調書に対し執行力を付与する制度が新設されました。
  • Aさん  最後の点は専門的でよくわからないのですが。
  • 弁護士  これまでは、犯罪被害の弁償について被告人と被害者との間に示談が成立しても、被告人がその内容を誠実に履行しなかったばあい、示談書によって民事執行法上の強制執行はできないので、改めて民事裁判を提起する必要がありました。今度の制度で、和解を公判調書に記載したときは、公判調書に執行力が付与されるので、直ちに強制執行が可能となりました。
  • Aさん  最近の新聞によると、さらに被害者の保護を強化しようとする立法の動きがあるようですが。
  • 弁護士  その通りです。大きな改正点はふたつあり、第一は被害者参加制度です。これは、先ほど述べた被害者関与を一歩進めて、被害者が公判で質問や尋問をしたり、最後に意見を述べること(いわゆる論告)ができるようにするものです。第二は損害賠償命令制度です。刑事の手続を利用して犯罪による被害に対する損害賠償請求を審理できるようにしようというものです。法案はすでに国会に提出されていますが、各方面の反対も強くまだ法律とはなっていません。これについてはまた別に解説することにしましょう。


7.刑法から見た赤ちゃんポスト

  • 弁護士  法学部の3年生になったそうだね。講義はおもしろいかい。
  • Aさん  刑法各論に興味があります。それで、ゼミの皆と議論したんですが、どうもよくわからない問題があるので、叔父さんに聞きにきました。
  • 弁護士  ほう、何の問題だろう。
  • Aさん  最近、熊本の慈恵病院に「こうのとりのゆりかご」という名で設置された赤ちゃんポストのことです。赤ちゃんを捨てる人に気の毒な事情があることはよくわかりますが、こういうことは罪にならないのでしょうか。
  • 弁護士  なるほど。たしかに難問だな。このことが新聞で報じられたとき、厚生労働省筋の談として、児童福祉法または児童虐待防止法には辛うじてふれないのではないかと言っていたが、むしろ問題は刑法にふれるかどうかじゃないかな。
  • Aさん  そうなんです。われわれの間でも捨てる人に遺棄罪が成立するかどうかが議論の中心でした。児童相談所や児童福祉施設に子供を預けることが罪にならないのは当然ですが、赤ちゃんポストの場合は、人目につかないようにして、予め設けられた受け口に赤ちゃんを置いてくるわけですね。どうもそこがひっかかるのです。
  • 弁護士  講義で聴いたように、遺棄罪というのは、老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を、「遺棄」すること(217条)だよね。母親など保護責任者がした場合は刑が重くなる(218条)。赤ちゃんが対象に含まれることは間違いない。「遺棄」は、積極的に危険な場所へ移すことでも、消極的に赤ちゃんを置き去りにして危険な状態を作り出すことでもどちらでもよいと解されている。
  • Aさん  赤ちゃんは、今まで母親(又はこれに代わる人)の安全な庇護のもとにあったわけですね。それを別の場所へ移すのは危険なことではないのですか。
  • 弁護士  そこなんだが、ドイツの遺棄罪は、1998年の改正で、遺棄をして「死又は重大な健康侵害の危険」を生じさせた場合にのみ、処罰されることになった。いわゆる具体的危険犯という形になったわけだ。ドイツは赤ちゃんポスト発祥の地だが、ドイツならば、ポストの設備が整っている限り、具体的危険を生じさせなかったとして罪に問われない可能性が強い。
  • Aさん  日本では、遺棄罪は抽象的危険犯と解するのが通説ですよね。
  • 弁護士  そう。日本の217、218条にはうえのような文言はなく、「遺棄」すればすぐに罪になると読める。ただ抽象的危険犯という立場にたっても、生命・身体に危険な場所ではなく安全な場所に移すことは罪にならないという意見もある。僕もその意見だ。具体的な赤ちゃんポストが常時監視され、いったん赤ちゃんが置かれた場合には、直ちに看護、養育に応ずるような体勢がとられていれば、安全な場所に移したといえるんではないかな。
  • Aさん  92年には群馬県の類似施設「天使の宿」で、赤ちゃんが凍死しているのが見つかったそうですね。そういう場合はどうなりますか。
  • 弁護士  そこが安全な施設ではなく、捨てる人もそれを知っていたなら、遺棄罪(遺棄致死罪)を認めざるをえまい。遺棄罪にならないとしても過失致死罪になるのは当然だ。
  • Aさん  うえの例でもそうなんですが、施設側の責任はないんでしょうか。
  • 弁護士  これは難しい問題だが、捨てる人の方が罪にならないときは、施設側も罪にならないのは当然だ。捨てる人に遺棄罪が成立するときは、施設側にもその教唆又は幇助の責任を問うことになるんではなかろうか。
  • Aさん  もう一つ聞きたいのは、この熊本の慈恵病院では最初に3才児が入っていましたよね。警察は立件しなかったようですが。
  • 弁護士  「赤ちゃん」の定義の問題だね。3才ともなれば、口もきけるし親の名前をいうこともできる。秘匿性を基盤とする、この制度の趣旨にあわないことはたしかだ。だからといって、3歳児は赤ちゃんでないから遺棄罪が成立するといえるだろうか。遺棄罪の成否については、赤ちゃんの場合と同じように考えてよいというのが僕の意見だ。  


8.少年法は今どうなっているか

  • Aさん  この10月で満20才になりました。まだグレていた頃お世話になった方々にお礼にまわっているところです。
  • 弁護士  成人おめでとう。これからは一人前の社会人としての自覚をもって行動してほしいね。君はバイクの暴走行為で保護観察になったんだったね。その後再非行もなく、立ち直ったらしいと聞いて本当にうれしく思っていた。
  • Aさん  その節は、先生にもお世話になりました。もう暴走族はこりごりです。ところで今日は少年法のことを教えてもらえますか。
  • 弁護士  ほう、どうしてだい。
  • Aさん  私は、運よく少年院にも行かずに保護観察ですんだのですが、最近少年法はどんどん厳しくなっていると聞いたものですから。
  • 弁護士  話せば長くなるが、じゃあごくかい摘んで話すとするか。昭和23年に今の少年法が出来たときの基本になる考えは、保護主義というものだった。これは、少年の犯罪は大人の犯罪と違って、犯罪傾向が固まっていないので矯正しやすく、だからなるべく刑事処分を用いないで保護処分で対応しようという考えだ。保護処分として規定されたのは、君も知ってる通り、保護観察、教護院または養護施設(当時。現在は名称が変わっている)への送致、少年院への送致の三種だった。
  • Aさん  自分が立ち直ったのも保護主義のおかげかもしれませんね。ただ昔も刑事処分にする方法があったのではありませんか。
  • 弁護士  そう。全件送致主義といって、少年の事件はすべて家庭裁判所へ送られてくるが、その中から裁判所は刑事処分が相当と考えた事件を検察官に送致することができる(検察官送致と呼ばれる)。そして検察官が刑事裁判所に起訴すれば、あとは成人の事件と同じように扱われる。しかし平成12年の改正前までは、検察官送致は数も少なく、例外的な扱いにとどまっていた。
  • Aさん  平成12年の改正というのは大きな改正だったようですね。どんなきっかけがあったのですか。
  • 弁護士  それまでも改正の動きはずっとあったのだが、その中心的な論点は年齢の引き下げ(現行の20才未満をたとえば18才未満とすること)だった。ところが、この改正では少年審判の事実認定手続をどうすべきかが問題となった。そのきっかけとなったのは、やはり新庄市の明倫中事件じゃないかな。
  • Aさん  たしか中学生が巻かれたマットの穴に逆さまに落ちて窒息死した事件ですよね。
  • 弁護士  そうだ。この事件では、少年審判の結論とこれを不服として申し立てられた抗告審の結論が食い違い、別に提起された民事裁判の結論とも違うということになった。それまで少年審判は一人の裁判官が行い、手続も審問主義といって、裁判官が直接少年に問いただすというかたちをとっていた。(成人事件の弁護人に当たる)付添人はついてもよいが、検察官は関与できない。明倫中事件では、こうした審判構造の弱点がもろに出てしまった。
       それからもう一つ大きなきっかけとなったのは、その少し後、神戸の児童殺傷事件など低年齢者の重大事件が多発したことだ。
  • Aさん  神戸のA少年はその後どうなったんですか。
  • 弁護士  事件当時14才だったので責任能力はあるが、16才未満なので検察官送致はできず、医療少年院へ送られた。もう社会復帰しているだろう。
  • Aさん  結局、平成12年の改正でどこが変わったんですか。
  • 弁護士  大事な点は、(1)審判は必ず一人制ではなく、場合により合議制とすることができるようになったこと(裁判所法31条の4)、(2)一定の重い罪について検察官関与が認められたこと(この場合には、少年の側に国選の付添人をつける)、(3)検察官に抗告権がないのは従来通りだが、抗告受理の申し立てをすることができるようになったこと、などだろう。
  • Aさん  低年齢者の問題はどうなりましたか。
  • 弁護士  そう、これも大事な点だが、検察官送致のできる少年の年齢が引き下げられ、14才以上であればよいということになった。A少年も、新法のもとでは、検察官送致が可能となる。それから、16才以上の少年が故意に人を死亡させた事件については、原則として検察官送致をしなければならないことになった。明らかに厳罰化の方向を目指した改正といえる。
  • Aさん  最近も少年法の改正があったそうですが。
  • 弁護士  そうだね。少年審判の対象となる少年に、犯罪少年、触法少年、虞犯少年の三種があることは知っているね。触法少年というのは、14才未満で刑罰法令に触れる行為をした者をいう。責任能力がないので、刑事処分はできず、保護処分だけが問題になる。平成19年の改正は、主にこの触法少年に関するものだ。
  • Aさん  小学生や中学生の重大事件が続きましたからね。
  • 弁護士  重要な改正点は、(1)警察官等について、触法少年の事件に対する調査権限を明確にしたこと、(2)これまでは少年院に収容できるのは14才以上の少年に限られていたが、「おおむね12才以上」であれば収容可能としたこと、(3)(これは触法少年に限らないが)、一定の重大事件について少年に観護措置が採られたとき(少年鑑別所に送致されたとき)には、国選の付添人を付すること、などだ。
  • Aさん  やっぱり少年法はだんだん厳しくなってきていますね。今日はどうも有り難うございました。


9.延命治療の中止は許されるか

  • Aさん  少し前から治療の中止という言葉を聞くようになりましたが、これはどういうことですか。また安楽死という言葉も古くから使われていますが、これとどういう関係になるのでしょうか。
  • 弁護士  今日はまたえらい問題を持ってきたね。なかなかすっきりした解答にはならないと思うが、お答えしましょう。死期が迫っていて、苦痛に苦しんでいる患者を薬などで楽に死なせてやる安楽死は法律上も許されるのではないかという議論は古来から行われてきた。
  • Aさん  もし許されないとするとどうなりますか。
  • 弁護士  日本の刑法だと、多くは承諾殺人罪(202条)、場合によっては殺人罪(199条)が成立することになる。現在では、安楽死を行うべき立場に立たされるのはたいてい医師だろうから、お医者さんにとっては大問題だ。
  • Aさん  治療の中止も安楽死に入るのですか。
  • 弁護士  ドイツの学者は、安楽死を積極的安楽死、間接的安楽死、消極的安楽死、純正安楽死に分類した。間接的安楽死と純正安楽死は別として、積極的安楽死と消極的安楽死の違いは積極的に死期を早める措置を行ったのか、それとも単に(延命)治療を中止してそれ以上の措置をとらなかった結果、死亡したのか、という点にある。だから消極的安楽死は治療の中止に当たるし、尊厳死という考え方とも重なっている。
  • Aさん  それで裁判所の判断はどうなっていますか。
  • 弁護士  実は最高裁判所の判決はまだ出ていないんだ。下級審では、昭和37年の名古屋高裁の判決がある(昭和37.12.23高刑集15巻9号674頁)。この判決は、厳しい要件を掲げて、要件をみたせば積極的安楽死も許されるとしたが、現実の事件はその要件を満たさないとして、執行猶予付きながら被告人を有罪とした。その後では、やはり平成7年の横浜地裁判決(判例時報1530号28頁)が重要だね。
  • Aさん  たしか東海大安楽死事件ですね。
  • 弁護士  そうだ。ここで注意してほしいのは、この間30年の医学の発展、具体的には緩和治療、より広くは終末期治療(ターミナル・ケア)の進歩によって積極的安楽死に当たるケースは現実的な重要性を失い、消極的安楽死、つまり治療の中止が問題の焦点になってきたことだ。
  • Aさん  そうですか。ただ消極的安楽死のケースにせよ、本当に患者が望んでいるのなら、本人の希望に従ってお医者さんが治療を中止した場合、そのお医者さんが罪になるというのは納得が行きませんね。
  • 弁護士  実は東海大事件は積極的安楽死のケースなんだが、傍論として治療中止が許される要件についてもふれている。それによると、
     (1)患者が治癒不可能な病気に冒され、回復の見込みがなく死が避けられないこと、
     (2)中止を求める患者の意思表示が中止を行う時点で存在すること、
     (3)中止の対象となる措置は、薬物投与、化学療法、人工透析、人工呼吸、輸血、栄養・水分の補給などすべてを含むこと、
      となっている。こうした要件が満たされれば治療中止が許されることは、刑法学説の多くも賛成しているところだ。
  • Aさん  しかし多くの病院の実情では、そこまで踏み切っていないのではありませんか。
  • 弁護士  たしかにそうだ。その後の東京高裁の川崎共同病院事件判決(平成19年2月28日)は、基本的には消極的安楽死とみてよい事件だが、医師の行為を違法とし懲役1年6月(執行猶予3年)の刑を言渡している。同年3月の富山県射水市民病院事件も末期患者の呼吸器を取り外した事件だが、まだ処分が決まっていない。こうした状況では医師は訴追を恐れ、なかなか治療の中止に踏み切れないのも当然といえる。
  • Aさん  まだ判例が固まっていないのでは、お医者さんとしても頼れる基準がないことになりますね。
  • 弁護士  その後平成19年10月に救急医学会は、脳死状態にある救急患者について治療を望まない患者、家族の意思が明らかな場合等には、呼吸器の取り外しなどの延命治療を中止するという指針を決定した。しかし、新聞の調査では(平成20年1月21日朝日)、全国の救命救急センターの約6割はこの方針をまだ採用するにいたっていない。その理由は、「刑事責任を問われない保証がない」からとなっている。立法は無理としても、司法判断で治療中止が許される明確な基準が示されることが必要ではないだろうか。 


10.ロス疑惑事件と一事不再理

  • Aさん  ロス疑惑事件が再びマスコミを騒がせていますが、どうも法律関係が入り組んでいてよくわかりません。今日はその辺を整理してもらおうと思ってきました。
  • 弁護士  日本とアメリカにまたがった事件ですからね。いわゆるロス疑惑というのは、1981年から82年にかけて日本人の実業家M氏が保険金をとる目的で、妻をロスアンジェルスで殺害したとされる事件です。
  • Aさん  あれからもう25年以上たったのですね。
  • 弁護士  事件はふたつあり、ひとつは、ホテルの部屋で共犯の女に妻を襲わせたというもので(いわゆる殴打事件)、これは懲役6年の有罪が確定し、M氏は服役しました。もう一つは、ロスアンジェルス郊外の駐車場で銃撃を受け、妻は死亡、M氏も脚に怪我をしたというもの(いわゆる銃撃事件)で、M氏は共犯で起訴されましたが、実行犯が特定できないなどの理由で無罪となりました(03年上告棄却で確定)。なおいうまでもありませんが、裁いたのは、どちらも日本の裁判所でした。アメリカで起こった事件でも、犯人が日本人であればこのことに問題はありません(刑法第3条)。
  • Aさん  そこでM氏は安心して、今年2月にサイパン島にでかけたところ、ロス市警の捜査員に逮捕されたという経過でしたね。
  • 弁護士  現在サイパンの裁判所で、逮捕状の有効性やロスアンジェルスへの身柄移送の可否について審理が行われているようです。
  • Aさん  この事件が今後どうなるかは先生もはっきりしたことはいえないでしょうから、今日は法律的な問題点を伺いたいと思います。そもそも日本で無罪になった同じ事件をアメリカで訴追することはできるのでしょうか。
  • 弁護士  そうですね。わかりやすくするため、4つの場合に分けてみます。
       (1)日本で無罪(に限りませんが、話を簡単にします)になった同じ事件を日本で訴追する。
       (2)アメリカで無罪になった同じ事件をアメリカで訴追する。
       (3)アメリカで無罪になった同じ事件を日本で訴追する。
       (4)日本で無罪になった同じ事件をアメリカで訴追する。
      もうおわかりのように、M氏のケースは(4)の場合に当たります。
  • Aさん  (1)の場合は当然できないのでしょうね。これができるようだと、いったん疑われた人はいつまでも枕を高くして寝られないことになります。
  • 弁護士  その通りです。憲法第39条は「何人も、・・・既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない」と規定しています。これを一事不再理の原則といいます。
    (2)の場合も大体同じです。合衆国(連邦)憲法修正5条にほぼ同趣旨の規定があります。ただアメリカの場合は、一事不再理ではなく、「二重の危険」(の禁止)という言葉が使われる点が違いますが。(3)の場合について、Aさんはどう思いますか。
  • Aさん  むずかしいなー。被告人の立場からは、外国の裁判所であれ日本の裁判所であれ同じ事件で2度裁かれるのは真っ平御免という気になるでしょうね。
  • 弁護士  ところが日本の刑法は、「外国において確定裁判を受けた者であっても、同一の行為について更に処罰することを妨げない」と規定し(第5条)、訴追できるとしています。
     そうするとこの規定と憲法第39条との関係が問題になってきますが、最高裁判所は、「・・・憲法39条の一事不再理の原則は同一裁判権に属する場合の規定である・・・」から刑法第5条は憲法違反ではない、としています(最判昭和28.7.22)。要するに、憲法の一事不再理の原則が及ぶのは(1)のような場合に限るというわけです。
  • Aさん  その理屈でゆけば、(4)の場合にアメリカ側で訴追するのは何の問題もないことになりそうですね。
  • 弁護士  そうですね。しかしこれはアメリカ法の問題ですから、アメリカ法がどうなっているか見る必要があります。下に掲げた文献によると、連邦憲法修正5条の「二重の危険」の禁止に関しては、日本の最高裁判所と同じような解釈がされている。しかし州憲法のレベルでは必ずしもそうではなく、多くの州の刑法典などには、他州や他国、準州の裁判についても二重の危険の禁止を定める条項があるということです。
  • Aさん  ロスアンジェルスのあるカリフォルニア州ではどうなんですか。
  • 弁護士  これまでは多くの州と同じでした。ところが、近時犯罪に対する厳しい態度が支持されるにつれて、各州において二重の危険の範囲を狭める立法や判決が相次ぐ。カ州でも2004年に「他国」という文言を削除する法改正がなされたとのことです。
  • Aさん  それなら元に戻ってアメリカ側(カ州)は堂々と訴追できるんじゃありませんか。
  • 弁護士  もう一つ問題があります。ロス疑惑事件は1981〜2年に起こった事件です。「他国」を削除する改正は2004年ですから、改正法を遡及して適用できるかが問題になるわけです。前述の連邦憲法修正5条は事後法の禁止も定めていますから(わが国では憲法第39条)。
  • Aさん  事後法というのは、何ですか。
  • 弁護士  普通は、行為当時は不処罰だった行為を処罰するとか、軽い刑が科せられていた行為に重い刑を科する法律を事後的につくることです。本件のような、いわば手続法が(被告人の)不利に改正された場合も事後法の禁止にふれるかは、たしかに議論のあるところです(西ドイツで、ナチスの暴力犯罪人について公訴時効を廃止したときも、このことが大いに問題とされました)。
      アメリカの裁判所がどういう判断を下すかわかりませんが、新聞報道によると、今年4月、カ州地裁はロス疑惑事件と類似の事件について、2004年の改正法を適用して再度の起訴をするのは修正5条の事後法の禁止に反すると判決したとのことです。これは、ロス疑惑事件の今後を占う一材料となるでしょう。

   * 樋口範雄「二重の危険または一事不再理」(法学教室2008.June、No.333)を参照しました。

11.被疑者の保護(その2)

  • Aさん  しばらく前に被害者保護について話を伺いましたが(Q&A - 6)、今回はその続きを聞きに来ました。
  • 弁護士  そうですね。2007年の刑事訴訟法等の改正で、大きな進展がありました。
      主なるものは、一つは被害者の(刑事裁判への)参加が認められたこと、二つ目は損害賠償命令制度ができたことです。これらの法律は本年(2008年)12月までに施行されます。
      このほか、2008年の少年法改正で、少年審判についても、一定の範囲で被害者の傍聴が認められることになりました。
  • Aさん  へえー。もっとくわしくお願いします。
  • 弁護士  まず被害者参加ですが、Aさん自身を主人公にした方がわかりやすいでしょう。半年まえの夜、Aさんが国分町で暴力団員の男に些細なことで因縁をつけられ、殴る、蹴るの暴行を受け、全治2ヶ月の重傷を負った。その後犯人甲が捕まり、まもなく裁判がはじまるが、Aさんとしては、傷は治ったものの腹が立ってしょうがないので、甲の裁判に参加したいと思ったとしましょう。
  • Aさん  甲の罪は傷害ということになりますか。
  • 弁護士  そうでしょうね。今度被害者参加が認められる対象事件は、「故意の犯罪行為により人を死傷させた罪」が中心となりますから、Aさんの事件は傷害で、当然入ります。ほかに、強姦や逮捕・監禁、業務上過失致死傷(交通事故や医療事故など)、略取・誘拐なども認められました(刑事訴訟法316条の33)。
  • Aさん  さっきの例で、あまり想像したくもありませんが、私が死んだとしたらどうなりますか。
  • 弁護士  もちろん遺族が参加を申し出ることができます。その範囲は、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹までです(被害者やこれらの人から委託を受けた弁護士でもよい)。
  • Aさん  どこに申し出ればいいのですか。
  • 弁護士  検察官です。検察官から裁判所に通知が行き、裁判所は事情を考慮して相当と認められれば、被害者参加を許可することになります。
  • Aさん  参加といっても、裁判でどの程度のことがやれるのでしょうか。
  • 弁護士  まず当然ですが、公判期日に出席することができます。さらに情状に関する事項については、証人に対し反対尋問をすることができます。注意すべきは、犯罪事実に関するものは除かれることです。
  • Aさん  どうしてですか。さっきの例で、目撃者が証人で出廷したとします。この証人があのとき私にも挑発するような言動があったと証言したら、私としては反論したくなるのではないですかねー。犯罪事実に関しても反対尋問ができた方がよいのでは。
  • 弁護士  これはある程度今度の改正の本質に関わることですが、新制度は現在の刑事訴訟の構造をそのままにしたうえで、それに被害者参加を継ぎ足した形になっています。起訴をし、立証をするのはあくまで検察官の役割で、弁護側証人に対する反対尋問も犯罪事実に関するものは検察官が行えば足りると考えられたものと思います。
  • Aさん  ほかにどんなことができますか。
  • 弁護士  立証の最後の段階で被告人に対する質問が行われるのが普通ですが、被害者もこの被告人質問をすることができます。ただ被害者が被告人と対面すると、どうしても感情的になって、関係のないことを尋ねたり不必要な発言をする恐れがあります。そういう場合には裁判長に質問を制限されますから、気をつけたいものです。
        さらに、証拠調べが終わると検察官の論告が行われますが、そのあと被害者も求刑を含む意見の陳述ができます。前回の改正で、被害者が申出でによって意見陳述をすることは既に認められていたのですが、今回は被害者参加の一環として意見陳述ができることになりました。なお、この意見や求刑は検察官の意見と違ってもよいのです。
  • Aさん  次に損害賠償命令制度についてお願いします。
  • 弁護士  これまで我が国では、民事裁判と刑事裁判は完全に別れていて、さっきの例を使いますと、甲に有罪判決が下されても、被害弁償を求めるためには(示談が成立した場合は別ですが)Aさんとしては民事訴訟を提起する必要がありました。これには費用と手間がかかります。そこで2006(平成16)年の「犯罪被害者等基本法」(File.6参照)12条は、「当該損害賠償の請求について・・・刑事手続との有機的な連関を図るための制度」を拡充することを求めていました。これを受けてつくられたのが損害賠償命令制度です。
  • Aさん  大ざっぱにいうと、どんな制度ですか。
  • 弁護士  ドイツ、フランスなどで行われている付帯私訴という制度は同一手続のなかで刑事も民事も解決するという民刑混合型ですが、わが国の損害賠償命令はあくまで民事裁判であり、ただ刑事裁判と同一の裁判官が刑事手続に引き続いて行うという点で「刑事手続との有機的な連関」が図られているという訳です。
  • Aさん  どんな犯罪について申立てができるのですか。
  • 弁護士  先ほどお話した被害者参加の許される犯罪とほぼ同じですが、業務上過失致死傷罪(刑法211条)は、争点が多く簡易迅速な処理にはなじまないという理由で、除かれました(犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第9条第1項参照)。Aさんのケースは傷害ですから、当然含まれます。
  • Aさん  さっきの例なら、私としては是非とも被害弁償を求めたくなるでしょうね。どうすればいいのですか。
  • 弁護士  刑事裁判の弁論終結までに申立てをします。有罪の言い渡しがあると、裁判所は、原則として、直ちに損害賠償命令のための期日を開かなければなりません。そして特別の事情がある場合を除き、4回以内の期日で終結します。
       刑事記録がそのまま利用できるので、被害者側にとっては、あたらしく民事裁判を起こす場合に比べたいへん便利な制度になると思われます。
  • Aさん  一つ念を押したいのは、損害賠償命令を申し立てるのに被害者参加を経る必要はないのでしょうね。
  • 弁護士  もちろんありません。このふたつは別々の制度ですから。あと少年審判の傍聴の問題がありますが、長くなったので、別の機会にまたしゃべりましょう。


12.いよいよ裁判員制度が始まる

  • Aさん  いよいよ5月から裁判員制度が始まりますね。今日はこれについて教えて下さい。
  • 弁護士  裁判所、検察庁もPRに一所懸命だし、マスコミは連日洪水のように報道している。今更聞くことがありますかね。
  • Aさん  私は今回は通知がなかったんですが、将来あるかもしれないので、いろいろ知っておきたいのです。
  • 弁護士  そうですか。我が国は、一度陪審制を採用したことがあるのを知っていますか。大正12年に法律ができ、昭和4年に施行されました。そして戦争が激しくなった昭和18年に法律が停止されました。この旧陪審法(まだ廃止されていないので、旧はおかしいのですが、便宜上そう呼びます)と比較してみるというのも案外面白い視点かもしれませんね。
  • Aさん  昭和前半の戦争へと向かう暗い時期に陪審が行われていたというのは、奇蹟的ともいえますね。どんな制度だったのですか。
  • 弁護士  国民の司法参加には、国により陪審制と参審制というふたつの形式があることは知っていますね。陪審制は、主に英米法系の国で行われるもので、事実の認定は陪審員のみが行い、裁判官はその評決に基づいて法律の適用、刑の量定をするというもの。ほかに民事陪審もありますが、話を簡単にするため省略します。これに対し参審制は、参審員が裁判官と合議体を構成し事実の認定、法律の適用、刑の量定のすべてを行うというもので、フランス、ドイツなど大陸法諸国で採用されています。興味深いことに、戦前の陪審は(名前のとおり)英米型でした。
  • Aさん  へー、おどろきですね。そうすると、陪審員はやはり12人ですか。
  • 弁護士  そのとおりです。ただ英米法系では、評決は全員一致でなければならないとされていますが、旧陪審では多数決が認められていました。
  • Aさん  いい制度のようですが、どうして停止になったのですか。
  • 弁護士  戦争がはげしくなって、国に余裕がなくなったのと、もう一つ旧陪審制は、すべてではありませんが大多数の事件について、陪審によるか従来の裁判によるかを被告人の選択に委ねていました。それで陪審の利用が減ってきたことも一因ですね。
  • Aさん  今度の裁判員法ではどうなのですか。
  • 弁護士  被告人の意向に関係なく、次の範囲の事件は裁判員による裁判になります。(1)死刑又は無期の懲役・禁固に当たる罪(殺人、強盗致死傷、現住建造物放火など)(2)法定合議事件のうち「故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪」(傷害致死、危険運転致死、逮捕監禁致死など)
       これだと、2007年で2600件ぐらいあり、ある試算によると4911人に1人が裁判員に選ばれる確率となるそうです。
  • Aさん  みな重い罪ですよね。もっと軽い罪から始めたらどうかという声もあるようですが。
  • 弁護士  たしかにそういう意見もありました。しかし例えば法定合議事件のすべてとすると、数が多くて国民の負担が重くなりすぎるし、他方死刑、無期事件に限ると少なすぎて国民の司法参加の意義が薄れるといった点が考慮されて、先ほどの範囲に落ち着いたようです。ただこの範囲は今後の運用しだいで変わる可能性もあります。
  • Aさん  裁判員の数はどうですか。
  • 弁護士  原則として裁判官3名、裁判員6名です。公訴事実について争いがないなど一定の要件を満たしたときは、例外的に裁判官1名、裁判員4名とすることもできます。我が国の裁判員制度は、全体的にみて参審制に近いのですが、裁判員の数が多いことが大陸法系の参審制(ドイツでは裁判官3:参審員2が通常の形式)に対する特色です。
  • Aさん  どのようにして裁判員を選ぶのですか。
  • 弁護士  これは新聞などでくわしく報道されましたから概略だけでいいでしょう。毎年9月1日までに、地方裁判所所長は市町村の選管に必要な員数を通知します。選管は選挙人名簿からくじで選定し、候補者予定者名簿を所長に送ります。裁判所は候補者名簿を作成し、候補者に通知します。昨年はこの数が約29万5000名だったそうです。第1回の公判期日が決まると、裁判所は事件ごとに呼び出すべき裁判員の数(50〜100名とされる)をさだめ、くじで選定し、選ばれた者を呼び出します。この後裁判員選定手続が行われ、検察側、被告人側双方の忌避がなければ、正式に裁判員として任命されることになります。この仕組みは大筋では旧陪審法とかわりません。
  • Aさん  裁判員を辞退できるかが、大きな話題になっているようですが・・・
  • 弁護士  法律(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律)第16条に規定があります。高齢者や学生・生徒、過去に裁判員・補充裁判員の職にあった者などが辞退できるのは当然といえます。問題は仕事が忙しいとか、自営業で代わりの人がいないといったケースですが、第16条第7号ハは「その従事する事業における重要な用務であって自らがこれを処理しなければ当該事業に著しい損害が生じるおそれがあるものがあること。」と規定していますから、こういう場合は辞退できるでしょう。
  • Aさん  「私は人を裁きたくない」という理由で辞退が認められるでしょうか。
  • 弁護士  第16条第7号には、そういう規定はありません。ただ第7号は「次に掲げる事由その他政令で定めるやむを得ない事由があり」と定めますが、この「政令」はまだ出来ておりません。従って、そうした思想・信条に基づく辞退事由が政令に盛り込まれる可能性がないとはいえません。しかし私の見通しではむずかしいように思いますね。
  • Aさん  以上のことを含めて、国民として裁判員制度をどう受けとめたらよいのでしょうか。
  • 弁護士   第1条は、この法律の趣旨として、裁判員の関与が「司法に対する理解の増進とその信頼の向上」に資すると言っています。つまりこれまでの(裁判官による)裁判が国民の信頼を欠いていたというわけではないのですが、刑事裁判に国民が参加することによって、国民の司法に対する理解と信頼を一層深め、司法の国民的基盤を強固なものにしたいということでしょう。そうした意味において、裁判員に選ばれたら是非積極的に参加するようにおすすめしたいですね。 


13.酒酔い運転幇助罪と刑法・道路交通法の改正

  • Aさん  お久しぶりです。今度法科大学院に入りました。
  • 弁護士  聞いたよ。しっかり勉強して立派な法曹になってください。
  • Aさん  多賀城のRV車事故の事件で、同乗者の刑が確定したようですね。今日はこのことについて教えてもらいにきました。
  • 弁護士  そうかい。それでは、まず事件からおさらいしましょう。2005年5月、前夜から酒を飲んでいた男が早朝(午前4時過ぎ)RV車を運転して、ウオークラリー中の育英高校生の列に突っ込み、3人を死亡させ、15人に重軽傷を負わせたという事件です。この男(運転者)は、危険運転致死傷で懲役20年の刑が確定し、現在服役中だ。
  • Aさん  問題は、同乗者であるS被告の責任ですね。
  • 弁護士  そう。高裁判決を読んでいないので正確ではないかもしれないが、S被告は、一緒に酒を飲んだあと、助手席に乗り込み、暗に自宅に送るよう依頼し、また駐車料金の一部を負担したようだ。仙台地検では一旦不起訴処分としたが、検察審査会へ不服申立があり、審査会が不起訴不当の議決をしたので、昨年4月に起訴された。
  • Aさん  罪名は何ですか。
  • 弁護士  そこが、まさに本件の中心問題なんだが、酒酔い運転幇助だった。正犯が危険運転致死傷だから、普通なら幇助犯も同じ罪名になるところだ。しかし地検は、S被告に運転者が危険運転をしているという認識があったことの立証ができなかったらしい。それで酒酔い運転幇助罪での起訴となった。
  • Aさん  危険運転致死傷だと、人を死亡させたときは20年以下、幇助でも10年以下ですが、酒酔い運転は3年以下の懲役又は50万円以下の罰金ですから(平成15年当時の道交法)、幇助だと1年6月以下又は25万円以下となる。だいぶ刑の重さが違いますね。
  • 弁護士  その通り。そこで検察は、S被告は確かに危険運転幇助の認識はなかったかも知れないが、客観的には危険運転致死傷の幇助に当たる行為をしていたことを示すため、S被告に対する起訴状の起訴事実のなかに運転者(正犯)が危険運転をしていた事実を盛り込んだ。弁護人は(起訴状の)余事記載で争ったようだが退けられ、結局、第1審は罰金25万円の刑となった。
  • Aさん  いずれにせよ酒酔い運転幇助の起訴ですから、控訴審も1年6月以下又は25万円以下という法定刑の範囲内で量刑するほかないわけですね。
  • 弁護士  そう。控訴審は第1審を破棄して、S被告に懲役1年、執行猶予5年の刑を言い渡した。懲役刑になった点では第1審より重くなったが、執行猶予がついた。被害者遺族は納得せず、実刑を求めて上告するよう上申書を出すなどしたが、高検は結局上告せず、3月10日この判決が確定した。
  • Aさん  確かに3人死亡、15人重軽傷という大事故ですが、S被告の行為は、一緒に酒を飲んだあと、助手席に乗り込んで暗に自宅に送るよう頼んだ程度ですから、執行猶予(しかも5年という最長期間)がつくのは妥当なように思いますが、それでも一般国民の感覚からは軽すぎると受け取られているようですね。
  • 弁護士  そうだね。本件を含めて、飲酒運転による悪質な事故や多数の死傷者を出した場合などの刑が軽すぎるとして罰則の強化を求める意見が強くなり、平成19年に刑法・道路交通法の改正が行われた。
       まず刑法だが、第211条第2項に自動車運転過失致死傷罪が新設され、刑は7年以下の懲役・禁固又は100万円以下の罰金となった。これは、危険運転とまではいえない自動車運転による事故について、通常の業務上過失致死傷罪(211条1項。刑は5年以下の懲役・禁固又は100万円以下の罰金)より重い刑を科することができるようにしたものだ。
  • Aさん  本件に当てはめるとどうなりますかね。
  • 弁護士  S被告は、危険運転致死傷の認識はなかったが、おそらく自動車運転致死傷の認識は認められるだろうから、その幇助で法定刑は3年6月以下の懲役・禁固又は50万円以下の罰金となる。
  • Aさん  道路交通法の改正はどうですか。
  • 弁護士  いろいろあるんだが、本件に関係のあるところだけふれると、まず酒酔い運転の刑が、5年以下の懲役又は100万円以下の罰金まで引き上げられた。幇助でも2年6月以下の懲役又は50万円以下の罰金となる。この罪は、いうまでもなく酒に酔った状態で車を運転すればよく、死傷の結果が伴う必要はない。
  • Aさん  そのほか飲酒運転を助長する行為に罰則が設けられたとか聞きましたが。
  • 弁護士  そうだ。これが、平成19年の改正でいちばん社会生活に影響を及ぼす点かもしれない。次の三つの類型の助長行為が処罰される。
      (1)車両等提供  提供を受けた運転者が酒酔い運転をした場合、提供した者は5年以下の懲役又は100万円以下の罰金(酒気帯び運転の場合は、2年以下の懲役又は50万円以下の罰金)
      (2)酒類提供  提供を受けた運転者が酒酔い運転をした場合、提供した者は3年以下の懲役又は50万円以下の罰金(酒気帯び運転の場合は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金)
      (3)要求・依頼しての同乗  運転者が酒に酔っていることを知りながら、要求などして同乗し、その運転者が酒酔い運転をした場合、同乗者は3年以下の懲役又は50万円以下の罰金(酒気帯び運転の場合は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金)
      これで、これまでせいぜい酒酔い運転の幇助にしかならなかった行為が、独立の罪として大体において酒酔い運転幇助罪より重く処罰されることになったわけだ。 

14.ライブドア事件と村上ファンド事件

  • 弁護士  今日は経済刑法関係を聞きたいということでしたね。
  • Aさん  経済刑法といっても範囲が広いでしょうから、平成16(2004)年ごろ世の中を騒がせたライブドア事件と村上ファンド事件がその後どうなったかをお聞きしたいですね。
  • 弁護士  どちらも控訴審で有罪となり、現在最高裁に上告中です。そう遠くない日に判決が出るでしょう。
  • Aさん  どんな犯罪だったのですか。
  • 弁護士  どちらも証券取引法違反ですが、ライブドアの堀江被告は同法の偽計使用・風説流布罪と虚偽の有価証券報告書を提出した罪で、村上ファンドの村上被告はインサイダー取引違反で起訴されました。なお証券取引法は、平成18(2006)年に、より包括的に金融商品全体の取引を規制する「金融商品取引法」(金商法)に改正されたことは知っていますね。
  • Aさん  堀江被告の方からお願いします。
  • 弁護士  二つの行為で起訴されました。一つ目は複雑ですが、要はライブドア社の子会社(B社とします)が別の会社(C社とします)を株式交換の方法で買収するに当たって、B社の株価を維持上昇させ、C社が取得したB社の株式を売却して利益を得るため、この株式交換及びB社の業績に関して虚偽の事実を公表したことが、証取法の偽計使用・風説流布罪に問われたものです。二つ目は、平成16年9月期に実際は3億円強の経常損失があったのに50億円強の経常利益があると記載した内容虚偽の有価証券報告書を関東財務局あて提出したというものです。
  • Aさん  一審は有罪だったのですか。
  • 弁護士  いろいろ争点があったのですが、被告人側の主張はすべて退けられ、結局有罪となりました。そこで量刑が注目される訳ですが、上の二つの罪の法定刑は、改正前はどちらも懲役5年以下、罰金500万円以下(法人は5億円以下)でした(平成18年の金商法で法定刑が重くなりました)。第1審東京地裁は、「投資者保護制度の根幹を揺るがすもので」、「証券市場の公正性を害する極めて悪質な犯行である」として、懲役4年の求刑に対して懲役2年6月の実刑を言い渡しました(平19.3.16)。この種の事案としては、比較的重い結果になったといえます。
  • Aさん  控訴審はどうだったのですか。
  • 弁護士  控訴棄却で、量刑も第1審判決の通りとなりました(東京高裁、平20.7.25)。
  • Aさん  そして現在上告中ということですね。
  • 弁護士  そうです。次に村上ファンド事件の村上被告ですが、これはインサイダー取引で証取法違反を問われました。ほかに投資顧問会社「MACアセットマネジメント」も、法人として同じ罪で起訴されました。
  • Aさん  インサイダー取引という言葉はよく聞きますが、犯罪となるような悪いことなんでしょうか。
  • 弁護士  おやおや。しかしそういう疑問を持つ人がいるのは無理もない。我が国にインサイダー取引規制が導入されたのは、昭和63(1988)年の証取法改正によってですから、まだ20年くらいしか経っていないのですね。インサイダー取引とは、例えばA社がB社との合併を検討し、この事実を公表すればB社の株価の値上がりが確実に見込まれるといった場合に、公表前にA社の関係者がB社の株を購入したりすることをいいます。これは、一般投資家の信頼を裏切り、証券市場の公正さを害するので、禁止されているのです。
  • Aさん  村上被告の場合はどうだったのですか。
  • 弁護士  平成16(2004)年9月に村上被告がライブドアの堀江社長にニッポン放送株の大量取得を奨めた。11月にライブドア側は同株の取得を「決定」し、村上被告に伝えた。そこで村上被告は、翌年1月の公表前までにニッポン放送株を約193万株買い付けた。これが、インサイダー取引にあたるとして起訴されたものです。
  • Aさん  刑はどうでしたか。
  • 弁護士  インサイダー取引行為に対する当時の法定刑は、懲役3年以下、罰金300万円以下(法人は3億円以下)ですが(平成18年の「金商法」によって重くなりました)、第1審(東京地裁)は、村上被告に対し、懲役2年、罰金300万円、追徴金約11億4900万円を言い渡しました。「MACアセットマネジメント」社は、3億円の罰金でした。
  • Aさん  たしか控訴審では執行猶予がついたんですよね。
  • 弁護士  その通りです。第2審、東京高裁は、「当初はインサイダーに該当するとの強い認識がなかった」、「事件後に株取引の世界から身を引いた」などの事情を考慮して第1審判決を破棄、懲役2年、執行猶予3年を言い渡しました(平21.2.4)。罰金、追徴金には変更ありません。「MACアセットマネジメント」に対する刑も、第1審より減額されて罰金2億円とされました。そして現在上告中という次第です。
  • Aさん  上告審の見通しもお聞きしたいところですが、これは止めておきます。どうもありがとうございました。  

 


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