震災法律相談Q&A

原子力の問題

原発による損害の賠償(1)-無過失・無限責任-

A:「原子力損害の賠償に関する法律」がこの様な場合に適用される法律となります。
法律の概要を箇条書きにしてみました。
・ 原子力事業者に無過失責任を課す(3条)。責任の制限なし
・ 原子力事業者への責任の集中(4条)
・ 損害賠償措置を義務づけ(6条)-原子力損害賠償責任保険契約(8条)
・ 原子力事業者の責任が1200億円を超えた場合の国の援助(16条)
・ 原子力損害賠償紛争審査会による和解仲介、一般的指針策定(18条)

A:基本的にはその通りです。
しかしながら同法3条1項但し書きは「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない。」と規定しています。
但し書が適用されて免責されるのは、隕石の落下や戦争などに限定されるというのが多数の意見のようです。
枝野官房長官も「安易に免責の措置が取られることは、この経緯と社会状況からあり得ない」という見解を示しています。

A:原子力事業者の責任はあくまでも無限責任です。
1200億円という数字は損害賠償措置としての原子力損害賠償責任保険の契約金額ですので、これに限定されることはありません。

A:文部科学省のホームページには次のような見解が表明されています。
「原賠法では、万一原子力損害が発生した場合、原子力事業者は生じた原子力損害の全額を賠償する義務を負っています(無限責任主義)。従って、1200億円を支払えばそれ以上は賠償請求に応じなくてもよいのではなくて、この1200億円は、万一原子力損害が発生した場合、被害者に対して迅速かつ確実に賠償の支払いを行うための保険に過ぎません。1200億円を超える損害額については、自らの財力をもって支払う義務が残ります。なお、事業者の財力等から見て必要があれば、国が必要な援助を行うことが可能となっており、被害者の保護に遺漏がないよう措置されています。」

A:この審査会は能見善久学習院大学法務研究科教授を会長とする10名の学識経験者からなるものですが、原子力損害賠償に関する一般的な指針を示すことが最も重要です。
平成23年4月28日には危険区域からの避難や農作物の出荷制限など、事故後の政府指示で発生した被害を賠償対象とする第1次案を発表しました。
第2次案では風評被害についても対象とすることが検討されているようです。

原発による損害の賠償(2)-責任の集中-

A:「原子力損害の賠償に関する法律」4条に規定されている原子力事業者への責任集中は、文部科学省のホームページでは次のように説明されています。
「責任集中の原則とは、賠償責任を負う原子力事業者以外の者は一切の責任を負わないとするものです。これにより、被害者は容易に賠償責任の相手方を知り得、賠償を確保することができるようになります。
一方、この責任集中は、原子力事業者に機器等を提供している関連事業者を、被害者の賠償請求との関係において免責するものであり、これら関連事業者は安定的に資材を供給することが可能になり、これにより原子力事業の健全な発達に資することにもなります。
なお、多くの諸外国の原子力損害賠償制度においても、同様の制度が採用されています。」

A:法4条の趣旨は前項のとおりですので、いくら大手であっても責任の追及はできないことになります。

A:まさにそのような事態を回避するために、原子力事業者に対して、損害賠償措置として1200億円の原子力損害賠償責任保険契約が義務づけられているのです。もしも原子力事業者の賠償額が1200億円を超えてしまい、破綻してしまったような場合には政府が必要な援助を行うと定めています(法16条)。

A:この点については必ずしも十分に議論されていませんが、これまでの運用は福島第一原発全体を一事業所、一工場とみなすことを前提としていると思われます。

原発事故による風評被害(1)-風評被害とは-

A:「風評被害」という言葉はこれまで厳密に定義されて使われてきたわけではありません。
災害情報や環境情報に付随する社会現象を表したマスコミ用語だと言われています。
風評被害の研究をしている東洋大学社会学部の関谷直也准教授によると、「ある事件・事故・環境汚染・災害が大々的に報道されることによって、本来安全とされる食品・商品・土地を人々が危険視し、消費や観光をやめることによって引き起こされる経済的被害」を意味するとされています。

A:まずは社会的に有名になったものとして貝割れ大根事件をあげることができます。
これは1996年に発生した病原菌O-157による集団食中毒に関して、原因食材が断定できる段階ではなかったにもかかわらず、厚生大臣が貝割れ大根が最も可能性が高いと公表したことから、貝割れ大根が疑われた結果、当該地域だけではなく、全国的に買い控えられて生産者・販売者が損害を被ったという事件でした。

A:地域の施設を運営する生産者・販売者が原告となった訴訟で大阪高裁平成16年2月19日判決は、厚生省の公表が誤解を招きかねない不十分な内容であるとして国の賠償責任を認めました。
また、地域以外の生産者や業界団体も別途訴訟を提起し、東京地裁平成15年5月21日判決はやはり国の賠償責任を認めました。

A:1999年の所沢ダイオキシン事件がそうです。
テレビの報道番組がゴミ焼却場からダキオキシンが放出されていることにより葉物野菜から高濃度の検出がされたと報道し、消費者が買い控えた結果、埼玉県産の野菜価格が暴落したという事件です。
これについても報道の根拠に誤ったデータがあったり、誤解を招きかねないイメージ映像を流したことが問題とされ、訴訟になりました。
平成15年10月26日に最高裁は農家らの請求を認めなかった原審を取り消して、差し戻す判決を下しました。最終的には和解で決着したようです。

A:次回は原子力の風評被害に関するこれまでの裁判例を見ていくことにしましょう。

原発事故による風評被害(2)-敦賀原発事件-

A:最初の事件は敦賀原発風評被害事件です。
昭和56年に福井県の敦賀原発からコバルト60を含む放射性物質が、敦賀湾へ漏出する事故が発生し、事故が通商産業省から公表されました。
マスコミで連日のように報道された結果、集荷自粛を行う県外市場が続出し、敦賀湾の魚介類の価格の暴落・取引量の低迷が続いたことから訴訟になりました。
名古屋高裁金沢支部平成元年5月17日判決が出されています。

A:上記訴訟で直接的な対象とされたのは、実は石川県の金沢産の魚介類だったのですが、判決は敦賀湾のものについても考え方を示しています。
放射能汚染については、敦賀湾でとれた魚介類にはほとんど影響はなく、敦賀湾から遠く離れた金沢産の魚介類は無影響だったと認定しています。

A:判決は敦賀湾産の魚介類について次のように述べています。
「本件事故の発生とその公表及び報道を契機として,敦賀産の魚介類の価格が暴落し,取引量の低迷する現象が生じたものであるところ,敦賀湾内の浦底湾に放射能漏れが生じた場合,漏出量が数値的には安全でその旨公的発表がなされても,消費者が危険性を懸念し,敦賀湾産の魚介類を敬遠したくなる心理は,一般に是認でき,したがって,それによる敦賀湾周辺の魚介類の売上減少による関係業者の損害は,一定限度で事故と相当因果関係ある損害というべきである。」

A:金沢産については次のように述べています。
「事故による影響かどうか必ずしも明らかではないものの,一部売上減少が生じたことが窺われるが,敦賀における消費者が,敦賀湾から遠く離れ,放射能汚染が全く 考えられない金沢産の魚まで敬遠し,更にはもっと遠隔の物も食べたくないということになると,かかる心理状態は,一般には是認できるものではなく,事故を契機とする消費者の心情的な判断の結果であり,事故の直接の結果とは認めがたい。金沢産の魚も心情的には不安であるとの理由で賠償を命ずるものとすれば,金沢における消費の低下も是認しなければならなくなり,損害範囲はいたずらに拡大することとなる。」

A:風評被害のもとになる消費者心理に理解を示しながらも、損害賠償の範囲をいたずらに拡大させるのは相当でないとして、極めて主観的な心理状態による買い控えとの間にまで相当因果関係があるとはいえないという立場を示したものです。

A:原子力損害賠償紛争審査会の第二次指針には賠償の対象として農水産物や観光の風評被害が含まれることになりました。
その議論の過程において、名古屋高裁金沢支部平成元年5月17日判決における消費者心理の考え方が大きな参考とされたようです。

原発事故による風評被害(3)-東海村JCO臨界事件-

A:今日は平成11年9月に発生した東海村JCO臨界事故に起因した2つの風評被害事件についてお話しします。

A:JCOは東海村において軽水炉用低濃縮ウランの再転換工場として操業していたのですが、許容量を超えるウランの投入によって瞬時に臨界状態に達したことから、関係自治体は事故当日に、半径350メートル圏内の住民に避難要請を、また半径10キロメートル圏内の住民に屋内退避要請を出したという事件でした。
死者2名、被爆者660名を出し、当時は国内最悪の原子力事故と言われました。
この事故を原因として風評被害が発生したとして訴訟となりました。

A:東海村のある茨城県は納豆が特産品として有名ですが、本件事故がマスコミ等で大きく報道されたことから、消費者が放射能汚染を心配して納豆商品を買い控えるようになり、売上が大きく減少したとして営業損害分の損害賠償を請求する訴訟になったものです。
東京地裁平成18年2月27日判決は、次のように判断して風評被害による損害賠償を一定範囲で認めました。
「本件臨界事故によって消費者が納豆商品を買い控えるなどした結果,納豆業界全体の売上げが減少するという風評被害が生じていたものと認められるのであって,本件臨界事故発生と納豆業界全体の売上減少との間には一定限度で相当因果関係があるということができる。」「本件臨界事故以後、一般消費者が納豆商品を買い控えるに至ったのは、放射能汚染という具体的危険が存在しない商品であるにもかかわらず、それが危険であるとして納豆商品を敬遠して買い控えに至るという心理的状態に基づくものであるから、そこには一定の時間的限界があり、本件ではそれは事故の発生から2ヶ月間であると認めるのが相当である。」

A:東海村で事故場所から3.2キロメートルの地域で、土地買収に着手して宅地造成販売を計画していた会社が、本件臨界事故によって宅地が放射能によって汚染されているという懸念から宅地価格が下落し、当初より減額した価格で売り出さざるを得なくなったとして、価格の下落分を損害賠償請求した訴訟です。
東京地裁平成16年9月27日判決はこのような土地価格の下落が原子力損害賠償法に基づく賠償の対象になり得ることを認めながらも、本件については次のように述べて請求を棄却しました。
「本件臨界事故が,東海村の住民に本件土地の放射能汚染のおそれや,被告が再び同様の事故を起こすおそれを意識させ,その結果,本件土地の価格の下落が生じたのであれば,その下落は,本件臨界事故と相当因果関係のある損害につながるということができるが,本件臨界事故が,被告東海営業所が存在することから生じる危険性ではなく,原子力関連施設が存在すること自体から生じる一般的な危険性を再認識させることになり,それが本件土地の価格の下落の主たる原因であるとすると,原子力関連施設の存在すること自体から生じる危険性は,本件臨界事故の前後を通じて変化があったわけではないから,被告が主張するとおり,本件臨界事故と本件土地の価格の下落との間に相当因果関係を認めることはできない。 (そのような一般的な危険性の再認識は,東海村だけに限らず,日本各地の原子力施設の存在する土地に同様に生じうる。)」

A:納豆商品の場合には、本件臨界事故に基づく放射能汚染の危険性が消費者の買い控えという心理的状態を招いたことが合理的だと評価できるのに対して、造成宅地の場合には不動産価格設定のファジーさも相まって、本件事故による放射能汚染の危険性が価格の下落を招いたとは評価できないとした結果と思われます。

原発事故による風評被害(4)-今回の風評被害-

A:さまざまな風評被害の発生が指摘されており、今後も広がっていくと思われます。
事故発生後直ちに問題とされたのは、屋内退避・自主避難区域とされた原発から30キロメートルの圏外にもかかわらず、物流が停まってしまい、医薬品や食料が届かないという状況が生まれたことでした。
運送関連業者を中心として原発の近隣地域に立ち入ることを避けた結果と思われます。30キロメートル圏外ですので、この時点で具体的な汚染が確認されていたわけではありませんので、風評被害の問題となります。

A:大震災後に福島県及び近隣の県で採れたホウレン草・カキナなどの葉物野菜や原乳から、食品衛生法の暫定基準値を超える放射性物質が検出され、出荷制限がなされました。
マスコミで大きく報道されると、出荷制限されていない一般の農作物についても福島産だというだけで価格が下落したり、取引を断られて市場に出回らなくなるという事態が生じました。

A:福島県と茨城県産のコウナゴという魚から高濃度の放射性物質が検出されました。
実は水産物については食品衛生法上、放射性物質の基準値が決められていなかったのですが、厚生労働省は直ちに暫定基準値を決めると同時に、コウナゴの出荷停止・摂取制限を指示しました。
このことがマスコミで大きく報道されると、福島県、茨城県の漁船が捕獲したコウナゴ以外の魚についても、まったく放射性物質が検出されていないのに、水揚げを拒否されたり、取引を断られたりすることが相次ぎ、そのことが報道されると、更に市場は買い控えを強めたのです。

A:福島県は名所旧跡や温泉に恵まれていて、観光業が盛んな県です。
ところが大震災による自粛ムードに加えて、原発事故による放射性物質の拡散が報道されてからは各地で旅行のキャンセルが相次ぎました。
会津若松などは原発から90キロメートル離れていて、モニタリングの値も正常値なのですが、一般の宿泊だけでなく、例年たくさんの生徒が訪れる修学旅行もほとんどがキャンセルになってしまったそうです。
福島県のみならず、隣県の宮城県でもモニタリングの値は基準値を超えていないのですが、ホテル・旅館といった観光業に甚大な影響を受けました。

A:以前お話しした原子力損害賠償紛争審査会は5月31日に第2次指針を公表しましたが、その中には農林漁業、観光業の風評被害に対する損害賠償についての考え方が示されています。 次回はその内容について具体的に説明します。

原発事故による風評被害(5)-紛争審査会の第2次指針-

A:風評被害についても、相当因果関係があれば賠償の対象にするとしました。
そして、その一般的な基準としては、「消費者又は取引先が、商品又はサービスについて、本件事故による放射性物質による汚染の危険性を懸念し、敬遠したくなる心理が、平均的・一般的な人を基準として合理性を有していると認められる場合」としています。

A:一定の類型については、原則として本件事故と相当因果関係があるという立場をとりました。
今回は現時点でその類型に該当すると判断できるものを農林漁業と観光業について具体的に提示しました。
しかしそれらの類型以外のものについても、今後相当因果関係のあることが客観的な統計データ等によって立証された場合には賠償の対象になるとしました。

A:農林産物、畜産物、水産物については出荷制限指示という事実を重視しました。
基本的には4月末までに、政府等による出荷制限指示等が出されたことのある区域で産出されたものについて相当因果関係を認めました。
例えば、福島県及び近隣県ではホウレン草やカキナが出荷制限されましたが、一部の野菜に制限がかかった以上、これら以外の野菜についても放射能汚染の懸念が生じやすいと考えられることから、因果関係を認めることとしました。

A:ホテル・旅行業等の観光業については、福島県に営業の拠点がある観光業については相当因果関係を認めることにしました。
宮城県のような福島近辺における観光業については、減収が生じた可能性を認めながらも、風評被害の実態が判明していないとし、引き続き市場動向等の調査・分析を行った上で今後検討することとしました。

A:観光業については、今回の東日本大震災自体による交通インフラの損壊や自粛ムードといった形での消費マインドの落ち込みによるキャンセル・予約控えも相当程度存在していると考えた結果だと思われます。

A:これまでに、1次指針、2次指針を示してきましたが、これらは被害の一部を対象としたものです。
今後は50名以上の専門委員による被害の実態調査を行い、7月末をめどとして、中間指針をまとめ、被害全体にわたる賠償の大枠を示す予定になっています。

原発による避難区域での建物建築

A:半径20キロメートルであれば、政府の指示による避難区域です。
避難区域で工事の施工は困難ですので、中止せざるを得ません。
民間(旧四会)連合協定工事請負契約約款32条1項cは不可抗力などによって請負人が施工できないときには工事を中止することができると定めています。

A:同約款32条4項aは中止期間が工期の4分の1以上か2ヶ月以上になったときは、請負人から契約を解除できると定めています。
本件では大震災による中止から2ヶ月以上経過していますので、契約を解除して白紙に戻すことができます。

A:地図を見てみると1キロメートル先までは緊急的避難準備区域に指定されているのですが、契約現場は指定区域ではありませんね。
緊急的避難準備区域とは常に緊急時には避難可能な準備が必要で、自主的な避難をし、子どもや妊婦等は区域に入らないようにし、学校等も休校とされています。
そこから1キロメートルしか離れていないとすれば、工事にも様々な支障がありそうですね。

A:半径20キロメートル内の避難区域のように、直ちに「不可抗力などによって請負人が施工できない」とは言えないとしても、職人さんの確保や資材の搬入に大きな支障があれば、施工に困難が生じていることは明らかです。
また、原発の収束予想がついていませんので、何時になったら施工の支障がなくなるのか不透明な状況です。
万が一状況が悪化すれば、避難区域に組み入れられることもないとは言えません。
これらを総合的に判断すると、一旦は工事を中止して、その期間が長くなれば、先ほどの事例と同様に契約の解除ができると考えられます。
但し、一方的な解除によってトラブルが大きくなることも考えられますので、まずは注文者と十分に協議してみることをお勧めします。

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